11月度.png霜月下旬、急速に冷え込んできました。といっても平年並みの気候になっただけなのかもしれません。いよいよ紅葉も本格化してきたようです。武蔵野のシンボルけやき も葉の色を変え、落葉が始まりました。なんといっても鮮やかなのは もみじ。武蔵野の雑木林は多種の広葉樹に恵まれ、kouyou1.jpg木によって早生晩生の違いがあるのか、今の時季は緑・黄・赤と入り混じり、シックな味わいです。初秋からいきなり晩秋に移ったような今秋の気候、いつもに比べて少々地味に感じる今年の紅葉ながら、まだ当分の間楽しめそうな気配です。強い季節風の到来にはまだ間がありそうですから。

 

 

現在、極くわずかな手揉み茶と釜炒り茶を除いた日本茶の大部分は、同様な形式の機械によって生産されています。その基礎を切り拓いた製茶機械の祖 高林謙三天保3年(1832年)現在の埼玉県日高市に生まれ、西洋医学を学び、川越藩松平大和守の侍医にまで登りつめました。後に茶業界に転身し、製茶機械の開発を推し進め、takabayashi.jpg今日の日本茶業界の礎を築いた偉大な先人です。医学を志す者として大成功を収めていた謙三翁は大幅な貿易赤字に悩まされていた国を憂え、茶業界の将来を見据え、豊富な財力を元手に製茶機械の開発に着手しました。失敗の連続で家産を使い果たし、莫大な借金を背負いながらも数十年の苦労の末、粗揉機を発明。百数十年を経た現在の製茶機械にも、その原理原則は変わらずに受け継がれております。これは謙三翁の発明が如何に優れたものであったかの証しであり、日本茶に携わる人は今でもその恩恵に浴しているといえるでしょう。

 

 

日高市の小学校2年生は「総合的な学習」の授業で学んでおり、備前屋へ社会科見学に訪れる市内の児童は、ほぼ例外なく高林謙三翁の偉大な業績を知っています。ところが一般には知名度が決して高くないようです。日高ロータリークラブでの卓話がきっかけとなり、『高林謙三翁を顕彰する会』が結成されました。平成19年9月のことです。以来5年間の活動を通じ、顕彰の方法として市内外に広く寄付を募り、高さ2.mの銅像を建立する事と決定。いよいよ今年10月より募金活動を開始しました。平成25年4月に除幕式が予定されています。

 

 

また建立に先立ち、趣意にご賛同いただいた高林式製茶機械製造元『松下工場』佐野社長より、ほぼ百年前に製造された高林式粗揉機が『顕彰する会』に寄贈されました。知る限りでは松下工場と静岡県立茶業試験場の2箇所にのみ展示されているだけの、大変貴重なオリジナルです。takabayashishiki.jpg

 

 

昨年の東日本大震災以降、輸入超過に陥った日本経済。原発事故の影響をまともに受けた日本茶業界。転換期の今、謙三翁の大きな志と強固な意思を学び直し、茶業の世界に新たな風を感じ取る機会としたいものです。
 

 

                  狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎