「曼珠沙華 一むら燃えて 秋陽つよし そこ過ぎてゐる しづかなる径」(木下利玄) 中学校の国語教科書に載っていたこの短歌、土手や畦道に咲く強烈に紅い花はこの歌と共にずっと記憶に残っていました。ただし、強い秋の日差しにあぶり出されたような、毒々しいほどに鮮やかな花弁とひょろ長い茎だけの奇妙な植物・・・ それは、良い印象の欠片すらない花。高麗郷巾着田にある曼珠沙華の群生が騒がれ始めたときも、しょせんは彼岸花と気に留めることもありませんでした。百聞は一見にしかず。高麗川の清流に沿って広がる雑木林の下一面を染め上げる真紅の花。木洩れ日を浴びながら咲き誇る花々は濃淡に満ち、陽だまりでは賑やかに、木陰では涼やかに、様々な表情に魅せられます。いよいよ満開を迎えました。天候の回復が嬉しい!
「紫にほふPlatinum 蒸し製『やぶきた』」を仕上げました。原材料は5月1日日高市 島田貴庸製 野木園手摘み。この日は最高気温25℃の真夏日で、萎凋には最高の一日でした。『やぶきた』は萎凋香が不得手といわれるけれども、それは工程の問題だと思う。いつもながら、彼の手摘み茶は香気が良い。天日を恐れない、彼の萎凋技術に起因するのはもとより、農地の特性も関係しているように思われます。以前より、入間川の北側は味よりも香りの茶産地と呼ばれ、入間市の根通り地区を中心とする濃厚な味の茶に対し、優れた香気に特長があります。比較的葉肉が薄いため、萎凋の効果が出やすいとも想像できます。日高市でも特に遅い地区ながら、抜群だった今新茶期の天候も一役かっているのかもしれません。いずれにしろ、野木園手摘茶で萎凋香が潤沢の「やぶきた」は計り知れないほどの価値を秘めています。
製茶機種の関係もあり、蒸しが通り塩梅ゆえ、徹底的に細粉を抜いてから火入れを行います。例によって台湾製焙茶機を使用。一回あたりの処理量がごく少ないので、都合3 日間を要しました。風を当てない火入れゆえ、焙茶機から立ち昇る香気には特に感動するものはなく、どちらかというと地味な印象。それでも火入れ途中の撹拌時にはハッとする芳香を感じます。小さな火力ながら、茶葉にはきちんと熱が通っているようで、白味を帯びる軸も目につきます。濃度のある抽出液。水色の良さも彼の茶の特長です。
「『ふくみどり』ではないのですか? これ本当に『やぶきた』なんですか! 」試飲した店の女性の反響です。彼女たちも萎凋工程を手伝うので、生茶葉の萎凋香すら理解している、この上なく頼もしい存在・・・ 備前屋が狭山茶専門店たる所以でもあります。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎