二月も過ぎようとしています。ここ数日、早朝の空は切れるように澄み渡った冬空からおだやかな春色に移りつつあり、庭では雪に凍えた紅梅がほころんできました。鮮やかな色をした花の傍らに立つと、なんとも華やかな香りがただよいます。香りに誘われたのかめじろが飛来し、花から花へと忙しく飛び回ります。春の足音が急速に近づいてきたようです。床の間の掛け軸もお雛様に衣替え。弥生を迎える準備が整いました。
厳しい冬の間、暖かい風味を提供してくれた個性派品種「さやまみどり」と「おくむさし」。春を前に今年度最後の火入れです。前回は備長炭と火入機「ガラ」を用い、炭火入れを実施。極めて強い火力と特長のある火入機の組合せは個性的な狭山品種の香味を充分に引き出してくれました。
今回は狭山火入れ、使用するのは火入れ専用の焙炉(ほいろ)。手揉み用に比較し半分ほどの小型サイズで、使い勝手の良い道具。糊のうち方や手さばきは元埼玉県茶業試験場技師 故間野光雄先生に指導いただきました。盛り火→摺り火→抱き火の3工程からなる、トラディショナルな狭山流火入れです。この狭山固有の火入れ法は宇治から煎茶製法が伝わった19世紀以来、百数十年間にわたり改良が加えられつつ確立・普及したと想像されるもので、狭山茶のエキスのように個性的な品種達にふさわしい火入れ方法だと考えています。
狭山火入れでは、微妙な茶葉の変化を直に感じ取ることができます。まずは香り…盛り火工程での加熱により品種香と萎凋香が主張を始め、庭の紅梅のように華やかな香気が流れ出します。続いて手触り…摺り火工程にて和紙でこすられ、表面が滑らかになった茶葉のすべりが徐々に良くなり、温度調整を促します。最後に外観…約90分間加熱されこすられた茶葉は白ずれを起こし、ややくずれ気味に仕上ります。
この火入れの特長は茶葉が蒸れないこと。焙炉は上部が開放されており、熱も水分もこもらず味にも香りにも原葉の個性を損うことなく火入れを施すことができます。また茶葉の変化が嗅覚・触覚・視覚で感じ取れるため、きめ細かい調整ができるのも他にはない長所です。
長い時間をかけ完成し 伝えられてきた産地特有のスキルを用い、それを施すに相応しい茶を扱える事は何物にも代えがたい喜びです。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎