道祖神、わさび田、美術館 … 豊かな民間伝承、清らかな水と自然、そして芸術。信州 安曇野は自然と文化と人の営みが調和した観光地。そんな印象を受けた学生時代以来、三十数年振りに訪れました。宿泊地の松本市では「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」と「ワールドカップバレー2015」が開催されていたものの、さすがに夏のトップシーズンは過ぎていたようです。八月最終週の安曇野は昔の記憶通り、しっとりと落ち着いた土地でした。碌山美術館は駅近くの街中にもかかわらず、構内は静寂が支配しています。歴史ある教会のような碌山館は私にとって安曇野のシンボル。午後の強い日差しの中、静かに時を刻んでいました。以前は気づかなかった百日紅の花。その濃いピンク色が目に焼き付きます。
わさび農園の見学は初めて。田は一面 寒冷紗に覆われ、山葵は夏の日差しから、大切に守られていました。なんて透明で冷たい水! 畝間に敷かれた大きめの玉砂利が水流を調整。時折、鋤簾で砂利を移動し、流れを変えるのだとか。茶に限らず、良い食材を産み出すには、手間も暇もかかるものです。
紅茶の再製を行いました。といっても今年度産ではなく、前年度の荒茶。経験からして、醗酵系の茶はしばらく熟成させた方が、品質が向上するようです。原材料は緑茶の製茶ラインを活用した荒茶。とはいえ、製茶機械個々の使用方法も趣旨も目的も緑茶とは異なり、当然ながら、色も外観も煎茶とは全く違う荒茶です。それでも、再製は海外でのソーティングとは異なり、基本的には煎茶と同じ工程を踏みます。平行篩で育ちすぎた下葉の部分を篩分け。橙色に染まった棒を除去。棒から離れた皮と葉切れをした部分=ダストを箕吹きして、取り除きます。
再製で形状を整える工程を「仕上」と呼びます。仕上の目的は製品の見栄えを良くする事。ただし本来の趣旨は、緑茶の場合は内質の向上にあります。なぜなら、仕上工程で除去された「出物」は味が確実に落ちるか、さもなければ香味が異質です。仕上工程のあらばこそ、煎茶の繊細な風味が生きるというもの。紅茶(少なくとも国産紅茶)の場合、茶葉の部位によって異なる醗酵度の不揃いを調整し、香気と味と水色を向上するのに効果があるように感じます。
後は火入れを施せば完成。紅茶の火入れは、時間と共に香気と味が盛り上がってくるのが楽しい。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎