「暖冬の年は雪が多い」の言葉どおり、週初めは四年振りに 一月の降雪に見舞われました。夜半までの雨が雪に変わり、夜明けには再び雨に。水分をたっぷりと含んだ重い雪が店舗前で、約20cm 積もりました。降り続く小雨の中、一昨年の豪雪以来の雪かきに精を出します。敷地前の歩道から始め、入口の橋、店と玄関のアプローチ、店舗駐車場、工場プラットホーム前etc.・・・ 夕方にはスコップを持つ手から、すっかり握力が失われました。翌朝、雪面に舞った もみじが朝日に輝き、この時季ならではの風景が現れました。茶園は野木の長く伸びた茶樹がすっかり雪に覆われ、まるで細長い「かまくら」が連なっているよう。幹は折れていないので、心配無用だとは思うけれども・・・。
埼玉県茶業試験場で育成された農林46号『むさしかおり』。最初の出会いは十数年前、試験場が茶商を対象に開催した求評会でした。明るい色沢の、細く小柄な成葉が印象的で、形状の良い煎茶になるであろうと想像したものです。種子親は『やぶきた』で、花粉親は『さやまみどり』と台茶12号『金萱』・13号『翠玉』の親である『硬枝紅心』実生の交配種。それぞれが日本茶、狭山茶、台湾茶を代表する系統であり、優秀なDNA を受け継いだ、香り高い品種としての期待が高まります。ところが、同時に提示された『ほくめい』が順調に普及したのとは対照的に、この品種はまだ日の目を見ていません。 取引先にも栽培者がなく、求評会以来試飲の経験もないので、本性が全く解らない品種です。
幸い、昨年春芽を提供いただく機会に恵まれ、一釜製茶することができました。萎凋は 天火→ 半日陰→ 静置→ 揺青と通常通りの工程。この日は他に『ふくみどり』も扱っており、萎凋時では『ふくみどり』の香気の方が好印象でした。年末年始の繁忙期が一段落したところで、試験的に仕上げを試みます。ていねいな摘採による、端正で引き締まった外観。小振りで細長い茶葉は釜炒り製法にも適しているように思われます。茶葉は緑色が美しい。下葉も濃緑色が鮮やかです。節間が長いのでしょうか、軸が目立つものの、白毛が多く、半醗酵茶として興味がそそられる容姿です。
卓上の火入れ機で長時間火入れを施したためか、どっしりと落ち着いた内質で、尖った部分のない、飲みやすい味に仕上りました。香気は『ふくみどり』や『ゆめわかば』ほどの華やかさはないものの、かすかにシナモンの香りを感じます。これは『硬枝紅心』から受け継いだものなのでしょうか。
それでも正直、物足らない印象です。品種の成り立ちを考えるともっと艶やかな香気があるはず・・・ と想像してしまう。萎凋工程がこの品種の特性に合っていなかったのかもしれません。来る新茶シーズンにも、挑戦するチャンスがあると良いのですが。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎