年の瀬を前に、一向に冬らしくない日が続いています。エルニーニョという単語には慣れっこになっているものの、今年のそれは過去最大級なのだとか。今のところ、暖冬の長期予報が的中です。昨年の十二月には、氷点下の朝もあった再製工場が、今年の最低気温は2℃止まり。一晩中冷たい雨の降った翌朝、夜明けと共に気温が急上昇し、靄に溶け込んだ白い世界が広がっていました。近所の茶畑と背景の白い土蔵も霞み、幻想的な風景です。急激な温度変化による現象ながら、武蔵野の冬景色とは違うような・・・ ? 茶園には有難いお湿りではあるけれども、師走らしさに欠ける風情に思います。
茶の世界にも「熟成」という表現があります。反意語は「秋落ち」で、狭山では「高品質な茶は夏を過ぎ、気温が下がってくると熟成し、そうでないものは秋落ちする」と言われます。高品質とは製茶が適切である事、あるいは優れた地域・茶園から産出された茶である事の二種類の意味があります。そして、適切な萎凋を施した荒茶は内質の向上が顕著で、熟成がとても判り易く感じます。
平成27年5月6日島田貴庸作 手摘み『ふくみどり』は熟成を存分に感じさせてくれる煎茶です。今年度産蒸し製ではダントツの萎凋香を、あっけないほど簡単に伝えてきます。新芽の支度が このうえなく速いこの品種にとって、新茶前 三月末の冷え込みは過酷だったようです。影響を受けた茶園が多い中、極めて晩生である彼の茶園は最高品質の『ふくみどり』を産み出しました。製茶の翌日試飲し、好印象を持ったこの荒茶。一切手をつけずに保管しておき、九月に仕上げを、そして先月末に火入れを施しました。誰に呈茶しても、必ず良好な反応があり、茶に興味のない人が飲んでも、萎凋香を全く知らない人が嗜んでも、好ましい反響を呼ぶ茶に成長していました。
産地問屋を営む私にとって、茶は合組みにより品質が向上すると考えています。調和のとれた合組は個々の荒茶に不足している部分を補完し、それぞれの長所を積み上げることにより、1+1=2 以上の世界があると感じているからです。
それにしても、これだけの個性を秘めている茶なら、単品で扱う価値があるというものです。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎