「入間道の 大家が原の いはゐ蔓 引かばぬるぬる 吾にな 絶えそね」 万葉集 東歌より
この愛らしい短歌の舞台には越生町の大谷、坂戸市の大家とならび、日高市の大谷沢が候補に挙げられています。歌人土屋文明氏が「いはゐ蔓は『じゅんさい』であり、その自生地に相応しい地勢の大谷沢である可能性が高い」と指摘され、平成元年に歌碑が建立されました。「沢」を含む地名どおり、大谷沢は南北が丘陵にはさまれた低い土地で、斜面には果樹園や茶畑が展開し、中心には田が広がる農村地帯。秋の訪れに促されるかのように今、収穫の真っ最中。秋の強い日差しの中、遠くでコンバインがかすかな音を響かせ、稲刈りが進行中。手前の田圃では、順番待ちの黄金色の稲穂がそよ風にゆれ、秋彼岸の好日を彩ります。
二年前、秋摘み「ふくみどり」で釜炒りを行ったけれど、今回は白茶に挑戦。茶農家の「ふくみどりの秋芽が良い具合だよ」との言葉に甘え、今月上旬 夏日の一日、一芯一葉摘みを実施。七月の夏芽白茶製茶後、萎凋に関して様々なアドバイスをいただいたので、茶冷蔵保管庫の予備室を利用して長時間の静置萎凋に挑戦しました。予備室の気温は20℃くらい。摘採翌日に生葉を萎凋室から予備室に移動し、足掛け4日間の静置萎凋にトライ。萎凋度(水分減少率)69.5%、歩上り4.0:1でした。
長時間萎凋にもかかわらず、水分減少率も萎凋香も夏芽の時と比較し、特段の変化は認められません。ただし、芯=白豪の変化は特記事項。生葉の状況では、夏芽に比較しても 貧弱に感じられた芯の部分が思春期の少年のごとく、荒茶では見事な姿に成長していました。結構なイケメン振りは長時間萎凋の効能なのでしょうか。思い立ち、芯の部分だけ取り出し、「狭山白豪銀針 ver.『ふくみどり』」を試作。半日かけて選別できたのが、ほぼ10g。触れてみて驚いた… 柔らかい !
生葉に含まれる水分は葉脈を伝い、茶葉の縁から排出され、芯からは蒸散しない、と聞いたことがあります。そのため『白豪銀針』は一芯一葉摘みした茶葉を萎凋後に芯だけ選別するのだとか。いずれにしろ、この柔らかさは水分含有率が高い証拠。なるほど… それで白茶には長時間萎凋が必要なのか… 納得。早速火入れを行い、またまたびっくり。銀色に変わっている ! 水分の抜けた白毛がシュリンクし、芯芽の地色が現れたのでしょうか。
淹れてみる。火入れを行ったためか、濃度ある水色。極めて穏やかな萎凋香で、品のある香気。味は一切の雑味を排除した、優しさのエキスのよう。素晴らしい。煎を重ねても水色も香気も味も極端な変化はなく、十煎以上いけそう。
『白豪銀針』という、生産性の極めて低い茶に秘められた魅力の端緒に触れたような気がします。