弥生 三月、野も里も春色に染まり始める頃。ところが、今年はまだ庭の紅梅もつぼみの状態。昨年の今頃は満開だったのに。
一昨年「世界お茶まつり」川根茶ブースにて、品評会入賞茶を一服。そのとき 日本茶インストラクターの女性が用いていたのは搾り出し急須。彼女の手にすっぽり納まるほどの小さな茶器。にもかかわらず、 どっしりとした 存在感のある黒い常滑焼でした。それは川根の出品茶を淹れるために製作された「道具」との事。それ以来
搾り出しにあこがれ、探してはみたものの、気に入ったものにめぐり逢うことがなく ・・・ たとえば、形とか大きさとか色とか質感とか。ところが先月 新茶用資材の展示会を覗いたところ、茶器のブースで素敵な搾り出しを発見。思わず衝動買いしました。
それは 内山智津子という女性作陶家の作品。やはり常滑焼でしょうか、いかにも陶器然とした土の香りを感じさせる柔らかな外観をもつ、直径10cmほどの小振りな宝品です。
最初に何を淹れようかと思案していたところ、同業者の友人から手揉み茶をいただきました。彼は全国手揉み茶振興会の師範。しかも出品財。なんという幸運。これ以上望むべくもない、最高のタイミングです。私も手揉み茶保存会の末席を汚しているにもかかわらず、これまで あまり身に沁みて淹れたことがない。手揉み茶に適した道具がなかったのもその理由の一つ。通常の宝品では深すぎて茶葉を入れづらい、急須の大きさと湯量のバランスが悪いetc. ・・・ いい訳でしょうか。
手揉み茶の最たる特長の一つはその外観。茶葉が太く、そして長い。開口部が大きく、底の浅いこの茶器は手揉み茶を容易に受け入れます。蓋はジャストサイズではなく、ほんの少し小さめ。これは抽出量を調整すべく、蓋を微妙にずらせるようにしてあるのでしょうか。事実
一煎目に比べ、二煎目以降は茶葉が膨らむ分 抽出速度が確実に落ちます。
そして、真骨頂はその味でしょうか。60℃の湯で120秒間浸出してから、ゆっくりと抽出。折りも濁りも全くない、清らかな水色。口に含むと、鮮明な「ほいろ香」(=助炭面に打った糊の香味)を感じ、その奥から旨味がゆっくりと広がります。まるでグルタミン酸の波が寄せてくるかのよう。端正で濃厚。鮮度のある香りや鮮烈な滋味を追求する訳ではないので、温めの湯で時間をかけて淹れるのがふさわしいと思われます。
茶漉しから開放された茶器で茶を淹れる快感! 搾り出しでなければ表現できない、手揉み茶固有の世界がそこにあります。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎