風薫る五月、お客様から俳句を贈っていただきました。「茶摘女の 口紅映ゆる 身拵え」。童謡『茶つみ』では、摘み娘の衣装といえば「茜だすきに菅の笠」。現在ではエプロンと帽子でしょうか。今も昔も、茶摘みに望む摘み手の心構えは変わらないのでしょう。俳句通り、皆さん
きちんと装いを整えてから、作業にとりかかります。私達にとって、手摘みは新茶開始のホイッスル。彼女達にとっても、単なる労働だけではなく、大切なセレモニーなのかもしれません。
狭山の新茶は現在静かに進行中。初夏にはほど遠い気温の毎日で、ピッチが上りません。そんな中、釜炒り茶の製造が始まりました。今年の「初釜」はなんと4月末日。原葉は野木園手摘み「ふくみどり」。予想外に芽が小さく
一焙炉分に達しないという事で、譲ってもらいました。一釜分は約10kgが標準なので、釜炒りは小回りがききます。原葉の品質は「松の上」、とは栽培者の表現。その言葉通り、覆い下でカブセを施された茶葉は緑色が美しい。まだ開き切っていない、若すぎるほどの新芽は出品茶にしたいほど。釜炒りにはもったいないようにも思います。
当日は曇天だったので、屋外で薄く広げて萎凋を行います。屋内に移してからしばらくすると、素晴らしい香気が漂ってきました。いままで経験した事のないほど澄んだ萎凋香。しかも強烈です。曇天なのに・・・。あまりに素晴らしい香気なので、たまたま集金に訪れた若い店員さんに茶葉を嗅がせたところ、「お茶の葉って、こんなに良い匂いがするものなのですか!」と目を丸くしていました。
屋内に移し、静置してから1時間おきに揺青を実施。その都度、萎凋香は加速度的に度合いを増す。この揺青という作業、蒸し製を専らとする者には発案しづらい工程に思います。いつの時代、だれが考案したのだろう、などと考えながら腕を振る。一年振りなので、結構しんどい。釜炒りにおいては、香気に大きな影響を及ぼす工程だと、製茶の度に思い起こさせられます。午後6時より
殺青を初め、9時過ぎに2釜分の製造が終了。
完成した釜炒り茶は、橙色の部分が控え目で 全体的に黒めがち。茶葉が若かったせいか、緑色の茶葉も少ないようです。その代わり、下葉の緑色がひときわ鮮やか。そして 今までで経験した中で、最高の萎凋香です。作業場では翌日一杯芳香が漂っていました。
流石に 「ふくみどり」。なにより「松の上」の品質は伊達じゃない。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎