「暑さ寒さも彼岸まで」の諺通り秋分の日を境に気温が下がり、本格的に秋が訪れたようです。残念ながら中秋の名月も、秋分の日もあいにくの天候でじっくり味わうことができなかったけれど、これが暑く長かった夏の終焉でしょうか。とすれば、いよいよ狭山茶の香味が増す季節の到来。そこで「さやまみどり」を単品で再製しました。
今回の再製テーマは「火入れ香」。茶葉は加熱処理により火入れ香を生じ、香味ともに質が向上。でもその度合いが強すぎると味に「にがみ」が発生し、火入れ香に茶葉の個性がかき消されます。その個性を生かすには、茶葉の特徴や使用目的に合った火入れの調整が不可欠。たとえば「やぶきた」は火入れ香との相性がとても良好で、逆に「ふくみどり」に強い火入れは不向きです。さやまみどりはその度合いを強めるほどに味も香りも高まり、抜群の個性を発揮する希な品種です。
さやまみどり一煎目の茶殻 - 全体的に黄ばんだ印象
左上には「さやまみどり」ならではの大きくて厚い茶葉が見えている
荒茶のときには眠っていた品種の特性が加熱されるに従い目を覚まし、茶温が上がるにつれ火入れ香と相まって濃厚な味と品種の香りを放ち始めます。「さやまみどりは葉肉が厚い」といわれるのは物理的な茶葉の厚みのことだけではなく、火入れに対する圧倒的な許容量の表現でもあると感じさせられます。
強い火入れのため垢抜けない色の抽出液
口に含めば優しくも力強い味が広がり、喉を通った後もいつまでも余韻が残る「こっくりした」味
私達は再製によって品質が著しく向上する茶を「出世する」と表現します。「さやまみどり」ほど火入れで内質を向上させる品種はめずらしく、まさしく狭山茶の「出世頭」です。さやまみどりの特徴の一つにその「萎凋香」があるけれど、火入れへの応答の良さもこの品種の美点。狭山は昔から火入れに熱心な茶産地で、火入れの考え方も茶業者十人十色。特に火入れ香に対するこだわりは半端ではない土地柄。だからこそ、さやまみどりのように「個性の塊」ともいうべき品種が受け入れられたのかもしれません。
仕上った さやまみどり
お世辞にも "good looking" とは言えない外観・・・でもそれはそれで狭山的
こんな個性的な品種を扱えるのは産地ならではのこと。茶業者としての喜びと誇りを感ぜずにはいられません。今年の冬はとても寒いそうな。さやまみどりの様々な火入れ方法にチャレンジする好機ととらえています。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎