夏の酷暑がまだ影響しているのでしょうか、何となく落ち着きのない秋を感じます。遅い訪れの割には足早に過ぎつつあったのに、晩秋になって季節の移り変りがゆっくりになったような…。おかげさまで定期的にお湿りもあり、これから乾燥の季節を迎える武蔵野大地で茶業を営む者にとってはなによりの贈り物です。
雨上がりの朝 お歳暮の幟を映す
年の瀬を前に、平成22年度備前屋最高の狭山茶「若光(じゃっこう)」をつくりました。なぜこの時期かといえば、各種品評会の開催と手摘み茶の熟成を待っていたからで、主役はもちろん品評会出品茶。外観・滋味・香気・水色のバランスが絶妙で、特に入賞茶は高次元です。外観の色沢は出品茶ならではのもの。では他の手摘み茶は品質が劣るのかといえば、そうとは限らないのが茶の奥深いところ。たとえば味の濃度、たとえば萎凋香の度合い、たとえば水色の鮮やかさというように、ある一点の個性が圧倒的な輝きを放つのも狭山手摘み茶の特徴です。
数百kgの手摘み原材料の内質をチェック・再製し、出品茶との相性を考慮しつつ「若光」に相応しい個性の品をチョイス。頭に描いた青写真に従い口合(くちごう:テストブレンドの事)を重ね、理想の狭山茶をつくり上げるのは何とも贅沢で楽しい仕事です。最高の組合せを考えながらの作業はさながら、たった一つの答えを探求する数学者のよう、と表現したら大げさでしょうか。
折もにごりも無い端正な「若光」の抽出液
約1,300年前の霊亀2年(西暦716年)、武蔵国に帰化人を集めてつくられた高麗郡。その中心的役割を果たした人物が高麗王「若光」でした。その遺徳を偲び高麗神社に祭られ、現在出世の神様として高い知名度を誇ります。旧高麗郡の地に花開いた狭山茶の最高峰を目指し、高麗神社宮司よりその偉大な名を頂戴してから四半世紀。茶園の管理や製造技術の進歩に伴い、昨今狭山茶の品質向上には目覚しいものがあります。そんな中、毎年絶えることなく「若光」をつくり出すことができる喜びを感ぜずにはいられません。
品評会入賞茶を使った つややかな「若光」の外観
今年もその名に恥じることのない「若光」を仕上げることができたでしょうか。