「ごこう」というのは不思議な品種だと思います。
もともと宇治の在来種から選抜された品種で、抹茶、玉露、さらに煎茶としても活躍中の碾茶品種。
全国品評会でたまたま落札した仕上茶に「ごこう」があり、その鮮やかな品種香を「貴婦人のかおり」と讃え、すっかり惚れ込んだ備前屋の先代はその香気を狭山に導入すべく、関西に車を走らせたのが昭和58年2月。奈良県の茶業試験場で「ごこう」の苗木を入手し、備前屋の取引茶工場にて栽培が始まり、都の"かおり"が狭山の地に移入されました。ほどなく埼玉県に「ごこう会」が生まれ栽培面積が広まったものの、煎茶としての評価はどうかというと、外観は形状は良いが茶葉が黒い。水色もそこそこ。確かに独特の香気があるものの、うまみに欠け、火入れ栄えがしない、といったところで好き嫌いがはっきりと分かれます。平成に入り、萎凋と調和した品種香を誇る「ふくみどり」が誕生すると香気の女王の座を明け渡し、役割を全うしたかのようでした。
平成18年狭山市に碾茶工場「明日香」が誕生し、狭山でも本格的に抹茶の生産が始まると碾茶品種が脚光を浴びます。明日香のメンバーが「宇治生まれの品種は基本的に全て被せ をすべきだ」と話していたので、島田貴庸君の「ごこう」に被せを施し、玉露に製茶してもらいました。被せとは茶樹(茶葉)に覆いをして太陽光を遮る栽培方法で、狭山ではほとんど行われていません。被せにより茶葉に発生する香気を嫌うためです。
ごこう玉露仕上
ところが「ごこう」の玉露にはその変貌ぶりに圧倒されました。煎茶では黒い茶葉がつややかな「紺色」となり、味はアミノ酸のうまみが加わり厚みを増し、水色は透明感のある青のかった緑色。ここまでは被せの効果がそのまま現れた、極めてもっともな部分。何といっても驚いたのはその香気。煎茶ではツンと気取った感じだった品種香は角がとれ、冴えのあるなんとも心地よいものに"変身"していました。煎茶のときにはばらばらだった味と香気のバランスに、見事な調和が図られた印象です。 品種の奥深さと言えばそれまでだけど、狭山の茶人にとってはなんともミステリアス。不思議な品種だと感ぜずにはいられません。 この香気ならば、嫌な「被せ臭」も皆無だし、明日香のメンバーの発言もあながち誇張ではないと感じました。被せの威力とは言え、これほど効果のある品種だったとは!
ごこう水出し玉露
先代の愛した「貴婦人のかおり」は被せからその第一歩が始まるのかもしれません。
狭山茶専門店 備前屋 清水敬一郎